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  「豪快な号外」言いだしっぺの一人、 ウィンドファーム代表の中村隆市です。
20年ほど前から中南米やアジアの有機農業生産者とのフェアトレードや森林農法を広める仕事などをしています。

今から30年以上も前のことですが、 私は映画をつくりたくて映画学校に通 い始めました。
しかし、1本の映画が 私の人生を大きく変えました。
その映画は水俣病の記録映画でした。
映画の中で一番衝撃を受けたのは、 「胎児性水俣病」の子どもたちでした。
工場が海に垂れ流した廃液中に含ま れていたメチル水銀は、「プランクトン →小魚→大きな魚→人間」というふう に濃縮されていきました。妊娠中に 魚を食べたお母さんの体内にも水銀が濃縮されましたが、お腹にいた胎児 はその水銀を自分が引き取るようにしてお母さんの健康を守りました。しかし自分自身は重い病気を持って生まれました。
胎児性水俣病の患者さんがたくさん生まれた 1950 年代に私は生まれ ました。 母の故郷は水俣がある熊本県です。 「私自身が水俣病で生まれていてもおかしくない」ということに映画を見ていて気づきました。
それがキッカケで私は 公害や環境に関心を持ち始めました。

環境問題を知るほどに「いのちを大切にしたい」と思うようになりました。
環境を守る市民運動に関わりながら 有機農業に取り組み、安全な食べもの を広める活動を十年ほど続けていた 1986年に、旧ソ連のチェルノブイリ原発で爆発事故が起こりました。

事故によって放出された放射能 は8000kmも離れた日本にまで風に乗って届きました。
放射能 によって、有機野菜や無農薬のお米まで 汚染されました。
一番驚いたのは、赤ん坊を抱えた日本人のお母さんの母乳からも放射能が検出された ことです。 
事故から3年ほどして、放射能汚染が 一番ひどかったベラルーシやウクライ ナのお母さんたちから「子どもたち を助けて下さい!」という悲鳴のよ うなメッセージが連日、届くようにな りました。
「私たちの力だけでは子どもたちを救うことができません、皆さんの力を貸して下さい!」というメッセージが世界に発信されました。
呼びかけに応えて、仲間たちと原発 事故被害者の支援活動を始めました。 (http://www.cher9.to/)年に1〜2回、 現地に医薬品や医療機器を届けに行くうちに、ナターシャさんという中年の 女性と出会いました。
原発事故の被害者が働く福祉施設を運営するナターシャには2人の子どもがいましたが、 事故から十年ほどして息子さんが 白血病と甲状腺ガンを患って亡くなり、一昨年は娘さんが胃ガンで亡 くなりました。 今、ナターシャは娘が残した幼い孫 の世話をしていますが「孫がいつまで 元気でいてくれるだろうか」そして、 自分自身も体調がよくないため「いつまで孫の世話ができるだろうか」と心配しています。
放射能が特に怖いのは、 細胞分裂が活発な子どもが大きな 被害を受けるため、親よりも子ど もが先に亡くなることが多いことと 放射能の被害が長く続く ことで す。

今、地震が多発している日本に 55 基の原発があります。
いつどこで地震 による原発事故が起こっても不思議で はありません。
特に静岡県の浜岡原発 は東海大地震が予測される地域の真上に建っています。
著名な地震学者が国会で強く警告しても「地震が過ぎ去るまで原発を停止して下さい」と 84 万 人の署名を集めても、電力会社や政府は、原発を止めようとしません。   

http://www.stop-hamaoka.com/koe/ishibashi050223.html
http://www.geocities.jp/genpatusinsai/

昨年3月に青森県六ヶ所村の核燃料再処理工場が試運転を始めました。
今年11月に本格運転を始 めると、多種類の放射能が大量 に放出されます。
空にはクリプトン85という放射能がチェルノブイリ 原発事故の10倍も放出され、海に は、トリチウムやヨウ素129 などの放射能が、2日に1回600トンも放出されます。
200kgドラム缶に換算すると、1 回に3000本、月に4万5000本、年間で は54万本にもなります。
その結果、魚がトリチウムによって 1年間で 300 ベクレル汚染されると 青森県が認めています。
魚の汚染値は 2年目以後さらに増加していきます。
チェルノブイリ原発事故のあと放射能汚染食品が大量に輸入されるようになったとき、国がこれ以上放射能で汚染されたものは輸入しないと決めた数値が 370 ベクレル(セシウムという放 射能)でした。
放射能汚染は青森県だけでなく 東北、北海道を中心に日本全体、 そして、世界に広がっていくと予想 されています。

http://www.greenpeace.or.jp/campaign/nuclear/documents/criradrepo1.pdf

この再処理工場は 40年間稼動する 予定です。
これまでは、原発で事故が起こって も「放射能漏れはありません」という報 道にホッとしていました。しかし、再処理工場では日常的に放射能を 放出します。実際に、魚や米、野菜、 果物などから放射能が検出されるようになったとき、私たちはどうしたらいいのでしょう?
原発の電気を使い続けてきた中年の私たちは、食べ続けるべきでしょう。
しかし、子どもたちには食べさせたく ありません。
若者たちにも食べさせたくありません。
食料自給率が40%の日本を支えてきた東北、北海道の食べものが放射能 で汚染されていった場合、日本はどうなるのでしょうか?
少子化が進む日本で、この問題はどう影響するのでしょう?
医療費の自己負担が大きくなって困っているお年寄りに病気が増えたらどうなるのでしょう?
医療費負担に苦しむ国家予算はどうなるのでしょう?

27年前の1980年に日本政府は、原発が生みだす「低レベル放射 性廃棄物」を太平洋に捨てようと計画しました。
それを知った太平洋の島々は猛反発しました。
それに対 して日本政府は、「低レベルの放射能 だから心配しなくて大丈夫ですよ」と 説明しました。しかし、彼らは納得しませんでした。
「安全だというのなら東京湾に捨てればいいではないか。何故、遠い太平洋にまで持ってくるのか」と首をたてに振りませんでした。
長い間、核実験によって海と島を汚染されてきた彼らは、これ以上放射能 で汚したくない、これ以上放射能で汚 してしまったら子どもたちが生きていけなくなると反対運動を続けました。 その思いは国際世論を動かし、ついに日本政府は、放射能を太平洋に捨 てる計画を断念しました。
このときに日本政府が太平洋に捨てようとした放射性物質の量はドラム缶 で 5000 ~1万本でした。今回、六ヶ 所村の再処理工場が放出する量は 1年間で54万本、40年で2160万 本分になります。これに加えて大気中にも大量の放射能を放出するのです。

こんな重要なことをほとんど の日本人が知らないまま11月から 再処理工場の本格稼動が始まろうとし ています。
政策を決める国会議員も問 題の大きさを知らない人がほとんどです。
まず、この問題を日本人みんながよく知った上で「本当に工場を稼動させるかどうか」を皆で考えたいというのが、私が号外を作りたいと思ったきっかけです。

「地球温暖化を防ぐためには原発しかない」と考える政治家がたくさんいますが、原発は燃料であるウランの鉱山を掘る段階から放射能汚染を広げ (その多くは先住民が住む地域です) ヒバクシャを生み出し、原発が稼動中 につくりだす「高レベル放射性廃棄物」 は、少なくとも数万年は管理を続けな ければなりません。しかし数万年も安 全に管理できる保障など誰もできないのです。

私たちは、後始末ができないものをつくり続けています。

でも、私たちの意識が変われば、問題は解決できます。

北欧やドイツなど の環境先進国のように省エネと自 然エネルギーを大胆にすすめていけば、原発は不要になります。
軍事や原発に投入してきた膨大な国家予算を省エネと自然エネルギーにまわせばいいのです。
そのためには、環境を重視する議員を増やす必要があります。

環境問題は山積しています。
原発や地球温暖化だけでなく農薬や食品添加物などの有害化学物質や遺伝子組み換え食品も、健康や環境に大きな問題をひき起こしています。
森林の減少も深刻です。
地球上で1年間に日本の国土面積の半分が減少しています。
森林が減少すると温暖化が進行するだけでなく生物種の絶滅が加速します。
1日に100種以上、年間4万種以上が絶滅しているといわれています。
このように地球が危機的な状況にあるとき、同じ星に住む地球人どうしが戦争をしていることほど愚かなことはありません。

1992年の地球環境サミットで、12歳の少女セヴァン・スズキはこう言いました。
「もし、戦争のために使われて いるお金をぜんぶ、貧しさと環境問題 を解決するために使えば、この地球はすばらしい星になるでしょう」と。
セヴァンのメッセージを受けて、号外でこんなことを伝えたいんです。

〈子どもたちや未来世代の声に耳を 傾けてみませんか。そして、子どもが親よりも先に死ぬような社会を変えませんか。私たちの家族である動植物が、 次々と絶滅していくような開発や産業のあり方を見直しませんか。憲法9条を持つ日本は今こそ世界に「戦争のための軍事費を環境を守るために使って、地球を救おう!」と呼びかけませんか。

何が私たちにとって大事なことなのか。子どもたちや未来世代のいのちを犠牲にしてまで、「便利さ」や「物質的な豊かさ」や「経済成長」を今後も追い求めるのか。
それとも、お金やモノよりも「いのち」が大切にされ始め、助け合いや分かち合いが広がり、世界が変わっていくのか。
今、生きている私たちがどう生きていくかによって、未来世代の運命が決まります。
世界を変えるために「私も一緒に行動するよ」という皆さん、私にできることを広げていきましょう。
家庭や職場でできること、消費者や有権者としてできること、仕事でできること。

もし、多くの人が自分にできることを行 動に移していったら、世界は大きく変化 していくでしょう。


中村隆市


中村隆市

1955年福岡生まれ。(株)ウィンドファーム代表。
環境NGO「ナマケモノ倶楽部」世話人。 スロービジネススクール校長。
19歳で水俣病と出会い、環境運動に関わりながら山村に移住。 無農薬で米と野菜をつくり、鶏を飼いながら有機農業の普及活動に取り組む。
86年チェルノブイリ原発事故による放射能汚染食品が途上国にまわされたと知り、「途上国の子どもたちが気 になり始めた」。それが中南米やアジアの農民とフェアトレード(公正貿易)を始めるキッカケとなる。
90 年から チェルノブイリ原発事故被害者の医療支援を続けている。
98年から「有機コーヒー・フェアトレード国際会議」を 日本、ブラジル、エクアドルで開催。2000年ブラジル初のオーガニックカフェを開店。
04年ブラジルのマッシャー ド市から有機農業とフェアトレードを普及した功績により名誉市民章を受章。同年、「いのちを大切にする仕事」を広めるためにスロービジネス・スクールを設立。
06年から福岡県田川郡に「ゆっくり村」という名のエコヴィレッジをつくり始め、農的な暮らしをベースに「買う 豊かさ」から「つくる豊かさ」への移行を楽しみながら進めている。
著書に『スロービジネス』(ゆっくり堂)。



 

 

 

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